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童貞の皆様いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ♪
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自分が25歳になった今、ふと思い出す男性のことを書いてみようと思う。



それは十年ほど前にさかのぼる。

まだダイヤルアップやISDNの絶頂期。

そのころ私は16歳で、中高一貫の女子高に通っていた。

私は、同じクラスの友人に誘われて、複数人でエヴァンゲリオンチャットに入り浸っていた。



そこは勿論、オタクの男性が大勢たむろしているチャットだった。

友人はそこで、まるでお姫様のような扱いを受けていた。

生来のぶりっこ気質もあったが、持っているピンク一色のサイトに、物凄く可愛くとれた自分の写真を掲載し、その一方、一緒に入り浸っている同級生の変に撮れた顔の写真を掲載することにより、彼女は唯一無二の存在として、そこに君臨することに成功していたのだった。

沢山の男性たちが、彼女の気を引こうと必死だった。

ひとたびチャットに彼女が現れると、男性たちはみなこぞって互いをけん制し合い、いかに自分のみが彼女を好きか語った。



そんな中、ある日いつものように私がチャットをしていると、突然、「姫」というHNの人と、「王子」というHNの人が、同時にログインしてきた。

新たなHN二人の同時出現に、周りが「お初ですか?」などと、色めき立っていると、姫と王子は唐突にそこで発表を始めた。

姫「みなさん、あたしは旧HN●●です」

王子「私は、旧HN××です」

それは、私の友人と、そのチャットにもっとも入り浸っている、25歳の無職童貞の男性だった。

姫「私たち、付き合いはじめました!」

王子「それを機に、HNを、姫と王子に変更します」

色めき立つチャット。明らかに失望を隠せない男性も数人。

結局、彼女のハートを射止めたのは、チャットにもっとも滞在時間の多い彼だった。

人より口説く時間が多かったのだから、当然の結果だと言えるだろう。



付き合うことを公表した翌日、姫は学校の昼休み、校内の公衆電話にて、彼に初めての電話をかけた。頼まれて私もついて行った。

(彼らはまだ電話もかけたことがなかったし、会ったこともなかった。本当にチャットだけの付き合いだったのだ)

「もしもし王子?あたし、姫!」

その時、受話器から漏れた彼の嬉しそうな声は、未だに忘れることができない。

「ああ姫!本物の姫だ!電話かけてきてくれたんだね!私、すごく嬉しいよ!」

その声は心の底から歓喜している人間の声だった。王子としての自分の立ち位置を守ろうとして、紳士的な言葉づかいを心がけてはいたが、その興奮は、全く隠しきれておらず、声が裏返りまくっていた。



それから、姫と王子は、チャットにて公然といちゃいちゃするようになった。

姫「みんな聞いて!あたし、再来月王子の家に遊びに行くことにしたの!王子と初めて会うから楽しみだな。ただ、家が遠いから、新幹線に乗って行くことになるから、お金貯めなきゃ」

王子「はい、綺麗にして待っていますよ、姫。でも姫みたいな可愛い子が家に来たら、私も理性を抑えられないかも…」

姫「えっ!やだ!><」

王子「当然私も姫が大人になるまでは待つつもりですが。…でも、だからと言って何もしないという保証はありませんからね」

姫「結婚するまではだめだよ!でもキスくらいならいいかも…」

そんなやり取りを、彼らは延々と続けていた。

私はそのやり取りをただ、「王子には自分から新幹線で会いに行く為の金もないのか」と思って見ていた。

しかし、チャットの人々は、王子に羨望のまなざしを浴びせていた。

その時の王子は本当に幸せそうだった。本当に、本当に幸せそうだった。



付き合いを始めて一ヶ月目、王子は姫の自宅あてに、一枚の手紙を送った。

それは、姫を思う王子の気持ちを、5・7・5・7・7で書いた短歌だった。

姫はその手紙に酷く喜び、チャットで皆に喜びの気持ちを伝えた。

姫「みんな聞いて、すごく素敵な手紙が来たの!それで決めたの、あたし、絶対に王子と結婚するって!」

王子はその言葉に酷く喜んだ。そして王子も絶対に姫をお嫁さんに迎えることを誓った。仕事も探すことを誓った。

王子「私、今まで生きてた中で一番幸せだよ姫。もう死んでもいいくらいだ。こんなに幸せなんて、夢じゃないのかな?」

姫は、学校でもみんなにその手紙を見せびらかした。

レースの飾りがある、おとめチックなカードに書かれた、へたくそで心がこもった文字だった。

私は短歌の内容は正直どうかなと思っていたが、姫が喜んでいたので、もうそれでいいと思った。



しかし、突然見も知らぬ男から手紙をもらって喜ぶ娘を見て、怪しまない親はいない。

姫の親は、手紙の出所を問い詰め、彼女にはチャットで付き合っている男がいることと、さらには彼が25歳無職である事を知り、烈火のごとく怒った。

別れろと言った。しまいには「お願いだから別れて」と泣いすがった。しかし、姫は「私は絶対に結婚する」と言って譲らなかった。

クラス会の集まりにて、憔悴しきった姫の親は私の親に愚痴った。

「もう、本当に駆け落ちでもしそうな勢いなの…もうどうすればいいのか分からない…。私も電話でその人と話してみたんだけど、娘が18歳になったら結婚するって言って、譲らないの…どうしよう…」



そんな中、姫が王子の家に遊びに行く日が来た。

姫は「クラシックのコンサートに行く」と言って親をだまして、一人王子の家へと赴いた。

滞在時間は意外と短く、たった5時間ほどということだった。

次の日、学校についた私は、まっさきに姫に、昨日の感想を尋ねた。

私「どうだった?」

姫「王子、まだ仕事探してないみたい。結婚はまだ先かなぁ。あ、ちなみに手はつないだよ!でも、キスもなかったし、それより先はもう全然…。そりゃあ、あたしも結婚してからがいいとは思うけど、…でも、そうなってもかまわなかったのにな」

王子は、『姫が大人になるまで何もしない』という言葉を守ったのだ。(勇気がなくて手を出せなかった可能性もあるが)

私は、二人が会った記念のツーショットを、姫にこっそり見てもらった。

そこにはいつも通りの角度とポーズで映る彼女と、失礼だが、いかにもオタク的な容貌をした、メガネをかけてガリガリの背が低い男性が、歯茎が丸見えの満面の笑みで映っていた。

もう、人生の絶頂の笑みだった。

「優しそうでしょ?これから、もっとたくさん会っていって、たくさん思い出を作れればいいな」

姫は笑って私にそう言った。



しかし、二人の愛は長く続かなかった。

当面の目標だった「王子の家に会いに行く」ということを果たした彼女は、何かしらの達成感を覚えてしまったようで、王子に対する愛は、次第に冷めていったようだった。

姫が持っているPHSに、王子がワン切りをしたら、それは電話がほしいの合図だったが、姫はそのワン切りにも全く応じなくなっていた。

やり取りはチャットとポストペットのみになり、姫は王子に対して「忙しくて電話なんか無理」と言い訳をするようになった。

そのうち姫はチャットにすら現れなくなった。 

いつも電車の中で一緒になる、ジャニーズ似のイケメン男子高生を「かっこいいかっこいい」と騒ぎ立てるようになり、王子のことを完全に忘れ始めていた。

それでも王子は待ち続けた。私が現れるたびに、王子というHNの彼は、私に尋ねた。

「姫は今日も来ないの?まだ忙しいのかな?」

最初は私もごまかしていたが、段々彼に尋ねられるのが煩わしくなり、次第にチャットから足が遠のいて行った。



そうして、誰もが王子のこと、チャットのことを忘れ始めていたある日、姫が私に一枚の手紙を見せてきた。

「ちょっと見て。これ、『あの人』から届いたんだけど…」

その手紙には、王子から姫への、変わらない愛を記した、5・7・5・7・7の短歌が書いてあった。

「気持ち悪いよねー…。最近全然連絡もしてないのに、こんなこと書いてきて。っていうか良く考えたら短歌っておかしくない?自分に酔ってるのかな、『あの人』」

いつのまにか、姫は魔法が解けて、ただの女子高生に戻っていた。

「あたし、もう絶対にあのチャット行くの辞めるわ…あそこ気持ち悪いよね」

こうして、彼女から一方的に、二人の関係に終止符はうたれた。



彼女はその半年後、前述のジャニーズ似とは別人の、近くの男子校の同じ年の人と付き合い始めた。学園祭で知り合ったのだという。

それから高校を卒業するまで、彼はその同い年の彼氏と付き合い続けた。

しかし、その間の三年間、王子から姫への愛の短歌は途切れることはなかった。

彼女は最初面白がって短歌を学校で見せていたが、やがてそれも飽きたのか、届くたびにその手紙を破って捨てるようになった。



私と彼女が高校を卒業してから、もう何年もたつ。

私は彼女の連絡先も知らないので、彼女が今どうしているか、知るすべもない。

34、5歳になるであろう王子は、今何をしているのだろうか。

彼女の思い出をただ一つの思い出と胸に抱き、生き続けているのだろうか。

それとも結婚して幸せになっているのだろうか。

25歳という、王子と同い年になった今、私は幸せそうだった彼と彼女を思い出さずにはいられないのだ。





愛してる その言葉だけを 呟けば

すぐにつながる 姫の心と
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